6月 21

見方を変えると……

誰もが知っている文豪の小説でも、ただ読むだけでなく、ちょっと見方を変えてみるとすごく面白いみたいです。文豪と呼ばれる有名な小説家は、ほとんどが社会科の教科書か国語の教科書で知ったものです。もちろん、どこかでその名前や作品名を聞いたことはあったかもしれないけど、私は小学生のときにいきなりそんな人達のものを読もうとは思いませんでした。教科書で知ってから興味を持って、少しずつ読んでみたものです。だから、結局、しっかりと手に取っていたのは中学生くらいかな。けど、その時には、ストレートにその文章を受け取って、もちろん、自分なりの感性で考えてはいたとは思いますけど、違った角度から見てみるなんてことはしていません。だから、先日、ある有名な小説の作者の意図や手法について書いてあるコラムを見かけてすごく興味を持ったんです。まさに純文学の代表ともいえるその作品を私は大人になってから読んでいません。ただ物語のストーリーを追っていた昔とは違って、今ならその意図をくみ取れるように思います。本に向き合う気持ちに余裕ができたとでも言えばいいのか、文章を紡ぐ手法にも目を向けてみたいなって思います。もしかしたら、全く違ったイメージを受けるかもしれません。再びページをめくってみたいって、今、強く思っています。

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6月 06

自分の知らない記憶

子供の頃のことですごく鮮明に覚えていることがあります。でも、逆に、なんとなく朧に覚えてはいるんだけど、それが本当のことなのかどうか自分でもわからないこともあります。もしかしたら、勝手な空想なんじゃないかなって思えてくるようなことです。実は私には、誰かにおんぶされて雪道を進んで行く映像が頭の中にあるんです。暗かったから夜だと思うんだけど、そこは駅なんです。と言っても、駅舎が見えるわけではなく、単純に私がそう思っているんです。道の両側にはなんと屋根まで雪が積もっています。母に聞くと、「たぶん鳥取かな」という話なんですけど、そんなことがあったかどうか母には記憶がないみたいなんです。鳥取には親戚がいるから、ありえないことではないです。でも、映画の一場面のようなその状況を思い出すたびに、不思議な気持ちになります。
でも、この前、読んでいた小説にもちょっと似たような一節があったんです。主人公の女性が冷やし中華を食べる場面なんだけど、食べていたら懐かしくて、彼女はおばあちゃんが自分のために作ってくれた冷やし中華を「美味しい美味しい」と言いながら食べている様子が頭に浮かんできたんです。でも、それが記憶なのかどうかわからないって書いてありました。父親から聞いたことからの想像なのかもしれないし、勝手な空想かもしれないと。でも、自分では忘れてしまっていることでも、懐かしい味や匂いで思い出すことってあると思うんです。自分でもよくわからない記憶って不思議だけど、やっぱりありますよね。

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5月 24

才能では勝負できない

世の中には天才と呼ばれる人がいます。才能のある人は羨ましいなって思います。私も幼稚園の頃は、知能テストでIQがすごく高いって言われていたと母から聞いたことがあるんです。だけど、一体どうしてしまったんでしょうね。いつのまにか、天才の気配は消え失せました。というより、単に当時私が『ませてた』だけじゃないかと思うんです。あるいは、母が私が赤ちゃんの頃から毎晩絵本の読み聞かせをしてくれてたから、同年齢の子たちより物事を沢山知っていただけなのかもしれません。
けど、この前、読んだ本に『才能を捨てて、知恵で勝負しなさい』と書いてあったんです。『知恵』とは『IQ』 でも『知識』でもなく『どんな世界に放り出されても、うまくやっていける能力』なんだそうです。その言葉から私は、野生動物が生き延びていく姿を思い浮かべてしまいました。その本の著者は、海外で学ぶうちに、エリートと呼ばれる人々に接して気づいたんだそうです。上に行けば行くほど知識は役に立たないって。目先の結果より人との関係を続ける方が重要なことなんだって。そして、合理性と同じくらい義理や人情も大事なんですって。説得力のある言葉です。けど、それよりも衝撃的な言葉があったんです。ビジネスにおいて付き合ってはいけない人は、『お金に汚い人』でも『モラルのない人』でもなく、『見た目が怪しい人』でもなく、『決定権のない人』だと言うんです。『決定力とスピード感のない人はそれだけで損をしてしまうもの』という見解。辛口だけど、100%的を射ていますよね。

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5月 10

小説に出て来る場所

小説に出て来る場所って、実際にある地名の場合もあれば架空のこともあります。A市、B町、C駅のように単にアルファベット文字を当てはめただけの場合もありますし、架空の場合は、全くの架空のときとモデルになる場所があって名前だけ架空の物にしてあるときがあります。先日まで読んでいた小説は、駅や通りは実名で、おそらくお店の名前など細かい部分は、そこが大事なところなんですけど、著者が考えたんだと思うんです。小説を読んでいて自分が知っている場所が出て来たときには、黙読していたとしても何だかテンションが上がります。さらには、実在の場所の説明が正しかったりすると、街の様子を頭の中に思い浮かべて、自分が歩いているよう気分になります。そして、登場するビルや会社などは実在の名前を少し変えて書かれていることもあるけど、そうでなければ、その建物やお店が「本当にそこにあるのかな」とか「実際には何があるのかな」なんて、つい考えてしまいます。そのあたりの地理がバッチリわかっているときには、文章と比較してみるだけだけど、そんなに詳しくないときには、行って確かめたくなります。そうなんです。先日がそうでした。小説を片手に、そのあたりを歩いてみたいなっていう気持ちです。誰かを誘って、ぶらりと出かけてみようかな。

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4月 25

知られたくない部分

誰でも知られたくない部分ってありますよね。それは、性格的に裏表なんてなくてもです。自分の弱いところだったり、抑えている意地悪な気持ちだとか、嫉妬だったりと色々あります。もちろん、私にもあります。それは見かけとは全く異なる暗い感情が湧いてきたときです。私は常に前向きで明るいという印象なのに、そんなことを考えているなんて……と、これは知られたくないと思ってしまいます。
この前まで読んでいた小説にもそんな場面があって、なんだか衝撃的でした。登場人物のツイッターの裏アカウントが取り上げられていたんです。そこには、友達との表向きの関係では絶対に口にしないようなことがつぶやかれていました。誰かに対して、マイナスのイメージを持っていることや、友達への批判や評価などが書いてあったんです。もちろん、彼らは他人には知られない、見られるはずはないと思っているんです。けど、これって、実際にもありそうですよね。自分じゃない何かになりすまして語るって。その小説では、ラストに友人からそのことを指摘されて、暴かれ、非難されるんだけど、その時のまさかの反応、主人公の顔、全てが私には見えるようでした。知られたくないから、深く埋めて、時々自分だけが掘り起こして楽しんでいたのに、それを勝手に掘り出されたような気分だと思うんです。そもそも裏アカウント自体が疑問だけど、暴かれた気持ちは想像するに堪えないものがあります。
人間はいつでも正しい気持ちばかりを持っているものではありません。自分でも嫌になるようなこと、それは深く深く埋めて、二度と掘り出さないようにできたらいいですよね。

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4月 14

音楽と小説の相性

この前、ある文学賞作家さんの談話を読みました。その人の作品はピアノが題材になっている小説です。私はまだその作品を読めていません。でも、ページをめくっていくと、ピアノが鳴り響いているような錯覚に陥るんだそうです。賞の選考委員だった一人の作家さんの選評では、音楽を小説で表現する難しさを乗り切った点が讃嘆されたんだそうです。そういえば、別の作家さんの小説でピアノが題材になっているものがあったことを思い出しました。とても心に残る作品でした。私は音楽も好きだから、特にピアノの音色が大好きだから、余計に面白かったのかもしれません。読者の想像ですべてが成り立つ小説は、それが音楽であれば、その演奏だって無限に広がりますものね。100人の読者がいれば100通りの演奏が頭の中で鳴らせるんです。そう考えたら、音楽と小説は意外と相性がいいなって、その文学賞作家さんは思いながら書いたんだそうです。きっとそうなんだろうなって思います。不思議だけど、確実に演奏を頭の中で作り上げていますもの。けど、そんな風に読者が演奏を鳴らすことができる文章力が素晴らしいんだと思います。どうして今まで手に取らなかったんだろうと後悔です。次に書店に行ったら、絶対に探してみます。どんな演奏が聴けるのか、楽しみです。

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3月 30

なぜかライバル心

先日の通勤の時にちょっと面白いことがありました。週末だからまだ席に余裕があって座れました。降りるまで15分くらいだったんですけど、小説の続きを少しだけ読みました。まもなく乗り換えの駅に到着すると車内アナウンスがあったから、私は本をパタンと閉じました。そしたら、なぜかそれに隣の女性が反応したのがわかったんです。ちらっとこちらを見たような……。そして、急いで立ち上がってドアの方に行ってしまいました。もちろん、私も乗り換えだから立ち上がってドアの近くに進みました。ちょうど、さっきの女性の右となりに立ちました。そしたら、またちらっとこっちを見たんです。すると、その人は一歩前に進み出ました。「どうして、そんなに反応するの?」と思いましたけど、たぶん、彼女も乗り換えなんでしょうね。そこですぐに乗り換えるためには走らないといけないんです。だから、きっと私より先に降りて走りたかったんだと思います。けど、この後、降りてからもまだ続きがあるんです。彼女が一歩先に出て走り出しました。続くように前の方の車両をめがけて走り出したら、どうも彼女もそうだったみたいで、私が追い付いて抜きそうになったら、こっちを見たと思った瞬間、一気にスピードをあげて走って行ったんです。なんだか、もう可笑しくて。そして、前から2両目に飛び込んだ私は、その女性がどこに乗ったのかなって、気になって眺めましたが、わかりませんでした。本を閉じた瞬間に、この人より先に行きたいって思ったのかもしれませんね。まぁ、私も車で信号待ちをしているときに、隣の車より先に走り出したいって思ってることありますしね。

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3月 15

イマドキ就活事情

『イマドキの就活』という記事をこの前読んで、なんだか年々変化して難しくなってるんだなっていう印象を受けました。企業は採用人数を充たすことができなくても採用基準を緩めないらしいです。だから、学生は何度も自分を否定されるような気分を味わうことにもなりかねないんだそうです。そして、イマドキの就活生は、親世代とは企業に提出する書類の種類の多さや面接の種類・回数など大きく上回ってるんだって。スマホで予約をする大会場での就活イベントや面接にたどり着くまでのWEB試験など、どんどん進化しているんです。
そういえば、今、読みかけている小説の中にも就活について登場人物たちが話をしている場面があります。男子学生と女子学生の会話なんだけど、女子は語学力や海外留学、インターンなど、いわゆる強みとなるカードを沢山持っていて、バンドや演劇をやってきた男子はまだ全く本気になっていないという、なんとも絵に描いたような対照的な様子が語られていました。私はそんな強いカードなんて持ってなかったけど、それでも早め早めに準備はしなくちゃいけないと思っていたから、情報収集には神経を使っていました。これって、男女の差もあるけど個人的な性格の差が大きいのかもしれません。子供の頃、夏休みの宿題も7月中には算数や国語の課題は済ませておきたい方でしたから。
けど、その記事にも書いてあったけど、昔よりも『打たれ強くないとツライ』んだそうです。内定はゴールじゃなくて、それからが社会人としてのスタートなんだけど、なかなか大変です。

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3月 02

憧れの先輩

先輩、後輩っていう意識が出て来るのってだいたい中学生からですよね。部活などでは特にそんな社会がそこにありました。そして、なぜか先輩には憧れるんですよね。部活やバイトなどでは、何でも出来てカッコいいですから。私も中学生のときの部活には憧れの先輩がいました。ドキドキキュンキュンしながら見つめていましたっけ。彼がいるから部活が楽しかったんですよね。思春期のそういう時期って、今になって思えばすごく感性豊かだったなぁって。ノートに次から次へと溢れ出て来るように詩を書いていたんですもの。前に片付けをしていた時に、中学の時のノートや日記を見つけたことがあって、中を見てビックリだったんです。大人になってしまった今では、こんな詩は書けないなって思いました。気づきも多かったし、心の針の振れ方がすごく繊細だったんです。
この前、読んでた小説にも、主人公が憧れている先輩と会話をする場面があったんだけど、心の中を悟られないように装うところなんか、昔の自分を見ているようでした。いつのまにか忘れてしまっているそんな感情がなんだか懐かしくて、小説を読んでいても微笑ましくて、自然と笑みを浮かべてしまっていました。今では、先輩、後輩というよりも上司、部下、同僚という意識になってしまっています。だからか、その響きが私をなんだか甘酸っぱい気持にさせてくれるんです。

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2月 17

和菓子に通じるもの

先日、とっても素敵な本の紹介記事を見かけたんです。記事の著者によると、その本は全国の銘菓が風情に合わせたお皿やお盆にのせられている美しい写真集で、それとともに添えられた短い文章が見事なんだそうです。そして、和菓子と俳句には通う合う心があると記されています。
俳句って、私は詳しくは知らないんだけど、絵や写真などに添えられたりすると趣があって素敵です。それがきれいな和菓子に添えられているとなると、きっと素晴らしいものなんだろうなと思います。その本、見てみたいです。
著者はその本に影響されて、旅に出かけた時には老舗の和菓子店の暖簾をくぐるようになったんだって。デパートなどは違って、ご当地の物に会いたいからだそうです。そのときめきは恋しい人に逢う心にも似ているなんて書いてありました。そして、春はのどかで、夏は涼しく、秋は爽やかで、冬は暖かくという和菓子の心が俳句の挨拶の心に通い合うと書いてありました。よく知らない私でもイメージが湧いてきます。その記事を読んでいたら、食いしん坊の私は、季節ごとに彩られる和菓子が食べたくなりました。そうだ! 自分で写真を撮って、一句添えてみるなんてイイんじゃないですか。真似してフォトブックでも作ってみようかしら。

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