夏が季節の中で一番嫌いです。
昨今の夏は毎年毎年最高気温を更新したり、熱くなるのが早かったりして、なおのこと嫌になります。
”暑くない夏”が欲しいな、と思ってふと思い出したのが山川方夫さんの「暑くない夏」というショートショートです。
五感や体の機能を失う奇病を患った女性と、その大学のクラスメイトの男性の二人のお話になります。
気温を感じることのない女性が窓の外に広がる真っ青な空を見て「自分にはもう夏も冬もない、夏がどんなものだったかも思い出せない、暑いってどんなこと?」と聞くのです。
実際に自分が同じように暑さや寒さを失ったとき、どのように感じるだろうかと思いました。
私はとにかく暑いことが苦手なので、物語の中で男性が彼女に返事したように「暑さ知らずなんて羨ましい」と思ってしまいますが――もちろん彼の場合は女性を元気づけるための言葉でもあったと思いますが――今まで当たり前に感じていたものを感じなくなったり、思い出せなくなったりするのは、命にかかわる病でなかったとしても、とてつもない恐怖なのかもしれません。
もしかしたら私でさえも嫌いな暑さを失ったとき、ノスタルジックな気持ちになるのかも……。
ちなみに私がこの物語で一番好きな部分は、男性が病院から外に出た時、夕立前の肌寒さを感じて「彼女と同じように夏を失った、どこにも夏がない」と感じるところです。そのあとすぐに夕立という夏が訪れるのですが、その夏を失った一瞬が彼女と自分を唯一つなぐ手がかりなのかもしれない、といったところに胸がギュっとなるような愛おしさを感じます。
また、山川方夫さんの色彩描写も好きなポイントです。
この作品の場合、描写に出てくる色は病室や女性の顔色の「白」や梅雨の濁った空の色、夏の空の「青」など、すべて寒色や無彩色でまとめられており、この物語が締めくくられるまでずっと温度を感じるものがないところも良いと思っています。
茹だるような夏に、一滴冷たい水を垂らしたような清涼感を感じられる、そんな作品です。