今から何年も前のこと、由緒あるお寺の和室を訪れました。都会の幹線道路に面した寺院ですが、一歩中に入ると池と緑がとても美しい趣がある空間だったことは今でも脳裏に焼き付いています。境内には仏像様が凛と佇んでおられ、ご利益がある巨大な数珠はまるで大きな蛇がとぐろを巻いているようでもありました。そんなお寺の和室には仏教に密接に関わる掛け軸が飾られ、その下には不思議な陶器が置かれていました。大きくて白いそれは壺のようでしたが、物を入れることは出来ないように見受けられました。なぜなら本来空いているはずの部分にユニークな形をした突起が散りばめられており入り口を塞いでいたからです。そこにいた初老の女性がその置物について質問したところ、それは「花瓶」だとお坊さんは答えました。しかしながらそれは花瓶には見えず、芸術作品としてそこに君臨しているように感じたのでした。その陶器に込められた作者のテーマは「先入観に囚われずに物事をみること」だそうで、自分が認識している花瓶とは大きく異なることに驚いたことは言うまでもありません。お坊さんがおっしゃっていたその逸話はとても印象に残っていて、「固定観念」や「物事を一定の方向からしか見ずに決めつけること」を深く考えさせられました。
骨董品や陶器などの芸術作品は、時として人の心に強く刻まれるものです。私が好きな今は亡き骨董屋を営んでいたエッセイストが書いた随筆にも美術を通して感性を磨くことや学ぶことが書かれており、読んでいるととても勉強になったものです。ただそこにあるだけで様々な思考を抱かせる作品の凄みは、人の心を魅了することをあの花瓶は教えてくれました。あの日に出会った陶器を思い出した今、骨董を愛した随筆家の本が無性に読みたくなり本屋へ足を運ぼうと思っています。
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